気が鬱蒼と生い茂る森。
その最奥に聳え立つ屋敷に、花嫁は居た。
「にいさま、にいさまっ」
小さな身体で嬉しそうに走ってくる小さな男の子。
会わないうちに大きくなったその子を、桜はふらつきながらも抱き上げる。
「神闇(しあん)、“姉様”と呼ばないとまたお祖父様に怒られてしまうよ?」
仕様のない子、と苦笑しながら『神闇』と呼んだ最愛の弟の柔らかな頬を突付く。
くすぐったそうに身を捩り、それでも嬉しそうに笑顔を浮かべている。
「ごめんなさい、ねえさま。
でも、ぼく久しぶりにねえさまにあえてうれしかったんだもん!」
「…うん、姉様も神闇に会えて嬉しいよ」
まだ中学校にあがる齢になったばかりの桜、だがそれでもその身を闇に落としていた。
ゆえに多忙を極め、弟との再会は3ヶ月ぶりだ。
「ねえさま、きょうのばんごはんはね…」
久しぶりにえる、穏やかな時間だった。
「ねぇ、ねえさま…」
「…?なに?」
パジャマに着替えた桜と神闇。
神闇の拙いお喋りを、楽しそうに聞いているとふいに神闇の表情が曇る。
「あのね、このまえおじいさまがいってたの」
「お祖父様が…?一体なにを……」
闇の世界では、それなりに名の通っている東雲家。
その頂点に君臨するのが、彼等の祖父だ。暗殺一家の長らしい…とでも言うべきか。
任務と、家の為ならば人を人とも思わぬ冷酷非道な人である。
「『桜と神闇…“花嫁”でない方は処分せねば』って
よく、わかんないけど…すっごくこわかった」
「花嫁…?」
意味の解らない祖父の言葉。
けれど…
「大丈夫、なにがあっても姉様が神闇を護るから…だから、安心しておやすみ」
ぽん…ぽん……と一定のリズムで優しくあやす。
「大丈夫、“姉様”が……兄様がお前を護るから。
弟だけは……今度こそ、護りぬくから……」
今はただ、良い夢を…